1. AIDMA：情報一方向時代の直線型意思決定

AIDMAは、マスメディア全盛期の購買行動を正確に表現したモデルです。情報の発信源は企業側に集中し、ユーザーは受動的な立場に置かれていました。選択肢が少なく、比較対象が限られていたため、興味から購買へ移る流れに分岐や回遊が生じる余地がほとんどありません。

このモデルが直線型で成立した背景には以下がありました。

・情報の非対称性が極めて大きい

・比較対象が限られる

・情報取得コストが高い

・企業メッセージの影響力が強い

この前提が崩れた現代において、AIDMAでは行動の多様性を説明しきれないのは自然な流れです。

2. AISAS：検索主導型社会への移行と限界

インターネットの普及により、ユーザーは自分で情報を探し、比較に必要な情報を手に入れられるようになりました。AISASはこの変化に応えたモデルであり、AIDMAに比べて能動性が加わっています。

しかしAISASもまた直線型です。

検索して情報を得た後、購入に向かってほぼ一方向に進む前提が残っています。

現代のユーザーは、検索したらすぐ買うわけではありません。

情報を見比べ、SNSへ戻り、動画へ移り、ECサイトで価格比較を行い、再び公式サイトへ戻る。

この往復をAISASでは十分に説明できません。

3. W字モデル：複雑化した意思決定の「揺れ」を構造化する

W字モデルの本質は、一見複雑に見えるユーザー行動が実は明確なリズムを持っていることに着目した点です。Wという形は、ユーザーの興味が上がり下がりする軌跡を象徴しており、情報源を移動するごとに認知の深度や判断基準が変わっていくことを示します。

現代のユーザー行動には以下の特徴があります。

・ひとつの情報源では理解が完結しない

・選択肢が多く、判断に揺れが生じる

・意思決定の途中で別の候補に移ることがある

・最終候補に戻るまでに複数の媒体を往復する

・購買直前に確認した情報が購買を左右する

W字モデルは、この往復と比較のプロセスを構造化し、直線では説明できないリアルなユーザージャーニーを読み解くことができます。

5. 三つのモデルを比較して見える心理の深層構造

三モデルの違いは、ユーザー心理の解釈に最もよく現れます。

・AIDMA：刺激と連続的興味

興味は一方向に高まり、戻らないという前提。

・AISAS：能動性の導入

情報を探すが、行動は直線的で揺れや迷いを想定していない。

・W字モデル：分岐・迷い・確信の獲得

現代ユーザーの心理は、行動するたびに「理由づけ」が強化される構造になっています。

比較検討を繰り返すことで納得が積み上がり、最終的な意思決定に確信が伴います。

この確信形成プロセスこそ、W字モデルが重視するポイントです。

6. なぜ多プラットフォーム時代にはW字モデルが最適なのか

今日のユーザー行動はメディア横断的で、選択肢と情報量が多いほど、意思決定は階段のように進まず、波打つように進展します。

ユーザーは一度調べた情報を忘れるのではなく、新しい情報に触れるごとに評価基準を更新します。その結果、行動は直線ではなく、複数の谷と山を伴う曲線として表れます。

W字モデルが最適である理由は、行動の揺れと情報源の多様化を前提にした初めてのモデルだからです。 もはや直線型の行動を想定するのではなく、揺れる行動を「正常」と見なすことがマーケティングの精度を高めます。

7. マーケティング施策に落とし込むための実践的視点

W字モデルを施策化する際に重要なのは、ユーザーが迷い、比較し、再訪する段階ごとに適切な情報を配置することです。

具体的には以下の視点が必要です。

・認知段階：選択肢として認識されるための明確な訴求

・比較段階：データや事実に基づいた客観情報

・再訪段階：疑問点を自然に解消する情報設計

・意思決定段階：最後の不安を取り除く裏付けや事例

ユーザーが再訪する理由を理解すると、マーケティングの精度は一段深まります。 W字モデルは、改善すべきポイントを段階的に特定できるため、特に多チャネル戦略と相性が良いのです。

AIDMAやAISASはそれぞれの時代を反映した優れたモデルでしたが、情報源が多様化した現在のユーザー行動はより複雑で、比較や再訪を前提とした理解が必要です。W字モデルはこの非直線的な意思決定を自然な形で可視化し、ユーザーが迷いながら確信を形成する流れをマーケティング戦略に組み込むための有効な視点を提供します。