1. W字モデルとは何か

W字モデルとは、ユーザーが情報探索や比較検討を繰り返しながら最終判断に至るまでの思考プロセスを、W字の軌跡として捉えるフレームワークである。単純な直線型ではなく、興味の揺れや追加情報の検索、評価軸の変化など、実際のユーザー心理に沿った動きを表現できるのが特徴だ。

ユーザーは一度情報を集めても、別の視点で再検索したり、再評価したりする。この往復プロセスこそが意思決定の本質であり、W字モデルはそれを可視化する。

2. なぜテック製品の顧客体験にW字モデルが有効なのか

テック製品、とくにスタートアップのアプリやSaaS、AIツールは機能が複雑で、理解に一定のハードルがある。そのため、ユーザーは一度で判断せず、以下のような動きを取りがちだ。

・情報を見て興味を持つ

・競合サービスを比較

・再び戻って確認

・他者のレビューを読む

・再度検討し直す

つまり、テック領域はそもそもW字的な行動が発生しやすい。

W字モデルはその行動を前提にしたマーケティング設計が可能となり、ユーザーの離脱ポイントや理解不足を精密に把握できる。

3. W字モデルと従来型カスタマージャーニーの違い

従来のジャーニーは直線的で、認知から購買までの流れを一方向として捉えていた。しかし現代のユーザー行動は非線形で、途中で迷いや再検索が必ず起きる。

W字モデルとの主な違いは以下の通り。

・往復や再検討が前提

・一度のタッチポイントで決まらないことを想定

・初期の興味喚起以降も情報提供が必要

・比較・意図再形成の瞬間を重視

この違いが、実際のテックプロダクトの意思決定構造とより一致している。

4. スタートアップがW字モデルを導入するメリット

スタートアップにとってW字モデルの導入は大きな価値を持つ。

・限られたリソースで顧客行動を深く理解できる

・無駄な広告投資を減らし、必要なポイントに集中できる

・製品理解のボトルネックを特定できる

・機能訴求より「ユーザーが迷う瞬間」を改善できる

・オンボーディングや継続利用の設計にも応用できる

結果として、アクティブユーザー数やLTVの向上につながる。

5. テック製品の顧客行動をW字モデルで可視化する手順

W字モデルをマーケティングとプロダクトの両面で活用するには、以下のステップが有効だ。

1. ペルソナと利用シーンの明確化
2. ユーザーが最初に触れる情報源を洗い出す
3. 検討の往復が起こるタイミングを特定する
4. 競合と比較される要素を把握する
5. 再検索を促す疑問点を収集する
6. 購入や利用に至る決定要因を整理する
7. 各ポイントで提供する情報を最適化する

この流れを基に、マーケティング施策・UI改善・オンボーディング設計を統合できる。

6. アプリ、SaaS、AIツールでの具体的な応用ポイント

認知フェーズの最適化

ユーザーはサービス名だけでは価値を理解しにくい。

そのため、最初の接触で「何を解決するツールなのか」を即時に伝えることが重要となる。

・ファーストビューで課題と解決を提示

・コア価値を短く正確に表現

・似たサービスとの違いを明確化

初期段階で理解が浅いと、W字の最初の谷が深くなり、離脱が増える。

比較検討フェーズの理解促進

ユーザーが他の製品を比較し始めたら、以下が重要になる。

・競合との差分を整理した比較表

・作業フローのデモ動画

・利用ケース別のメリット説明

比較段階で適切な情報を提示することで、W字の再上昇をスムーズにする。

導入後オンボーディングの強化

テック製品の離脱は導入直後が最も多い。

ここでのUXは、W字後半の谷を浅くする重要要素となる。

・初回体験のステップ簡略化

・重要機能のガイド

・成功体験までのショートカット導線

オンボーディングがうまくいくと継続率が大きく伸びる。

継続利用を促すプロダクト改善

W字の最終段階は定着であり、価値の再確認が繰り返される。

・利用データに基づくパーソナライズ

・定期的な価値再提示

・課題発見を促すレポート機能

継続利用フェーズでもW字的な揺らぎは起こるため、適切なコミュニケーションが必要だ。

7. W字モデルを活用したデータ分析の進め方

分析では「どのタイミングで戻りが発生しているか」を把握する。

・ランディング後の離脱率

・競合名検索の増減

・機能別の滞在時間

・無料トライアル開始後の行動ログ

・説明不足によるサポート問い合わせ傾向

これらを紐づけることで、谷が深くなる原因を特定でき、改善が明確になる。

8. ケーススタディ（スタートアップ向け想定シナリオ）

あるSaaSスタートアップがW字モデルを導入したケースを想定する。

・認知後の最初の谷は「どの機能が自分に必要か分からない」

・検討中の谷は「競合との違いが曖昧」

・導入直後の谷は「最初に何をすれば良いか不明」

そこで以下の改善を実施した。

・ファーストビューに課題ベースのメッセージを追加

・競合比較ページを新設

・初回ログイン時のガイドを短縮

・利用状況に応じた提案メッセージを実装

結果として、無料トライアルの継続率が向上し、有料転換率が改善するという流れが生まれる。

W字モデルは、テック製品における非線形なユーザー行動を的確に可視化し、どの段階で理解不足や迷いが発生しているかを明確にしてくれる。スタートアップはこのモデルを活用することで、限られたリソースでも改善ポイントを正確に特定し、認知から比較検討、導入後のオンボーディング、継続利用に至るまで一貫した顧客体験を提供できるようになる。ユーザーがつまずく瞬間を丁寧に解消していくことで、プロダクトの価値はより伝わりやすくなり、転換率やLTVの向上にもつながる。W字モデルをCX改善の中心に据えることは、これからのテックビジネスにおいて競争優位を築くための確かなアプローチと言える。